2026/5/10
議員として活動する中で、行政の難しさを感じる場面が何度もありました。
その一つが、「前例踏襲」という考え方です。
役所は基本的に、これまで続いてきたことを大切にします。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
安定した行政運営には必要な部分もあります。
ただ、その一方で、疑問に感じることもありました。
議会で、
「なぜこの事業は始まったのですか」
と質問しても、職員の方が答えられないことがあります。
長年続いている事業ほど、最初の目的が分からなくなっていることもあります。
惰性で続いているのではないか。
そんなふうに感じることもありました。
事業の必要性について質問しても、はっきり答弁できないケースもあります。
「なぜ今も必要なのか」
そこが説明できない。
果たして、その事業には今も存在意義があるのでしょうか。
そう感じることがありました。
例えば、公民館やコミュニティセンターがある中で、なぜ特定の場所に集会所が一か所だけ存在しているのか。
質問しても、誰も明確な理由を説明できませんでした。
「昔からあるから」
それだけになってしまっている。
そんな印象を受けました。
また、外国籍児童への定期代補助制度について、制度継続の妥当性を質問したこともありました。
すると返ってきたのは、
「毎年やっているから」
という説明でした。
私はそのとき、行政は「始めること」よりも、「終わらせること」の方がはるかに難しいのだと感じました。
一度始まった制度や事業は、たとえ目的があいまいになっていても、見直したり終わらせたりすることが簡単ではありません。
そこに、行政の難しさがあるのだと思います。
もちろん、職員の方々が真面目に仕事をされていることも分かっています。
限られた予算。
限られた人員。
さまざまな制度やルール。
その中で行政運営を行う大変さもあります。
だからこそ、単純に「変えればいい」という話でもありません。
ただ、それでも、
「本当に必要なのか」
を問い続けることは大切だと思っています。
税金は限りあるものです。
今必要な事業に、しっかり使っていく。
その視点を持ち続けることが、議員の役割の一つなのだと思います。
前例を守ることが必要な場面もあります。
ですが、前例を守ること自体が目的になってしまってはいけません。
何のためにその事業があるのか。
今も必要なのか。
これからも続けるべきなのか。
そうした問いを持ち続けることが、行政にも議会にも必要なのだと思います。
議員として活動を続ける中で、私は「政治」と「市民感覚」の距離についても考えるようになりました。
政治の世界の常識と、市民の感覚。
そこには大きな差があると感じています。
次回は、議員として感じる「政治と市民感覚のズレ」について書きたいと思います。
草加市議会議員
斉藤雄二

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